ペカシュの批判内容と批判箇所の分析 〜マサリクとペカシュ論争①〜

たしょまの研究

たしょま
たしょま

チェコスロヴァキア初代大統領のトマーシュ・ガリク・マサリクは、『Jan Hus Naše obrození a naše reformace』にて、人道主義的思想とヤン・フスおよびチェコ兄弟団の思想は連続してつながっていると述べている。

たしょま
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一方で、ヨゼフ・ペカシュは1912年に出版された『Masarykova česká filosofie Studijní a vědecká knihovna v Hradci Králové』にて、この考えを批判し、これらは連続してつながっていないと述べた。

たしょま
たしょま

今回はこれらの箇所を改めて調査し、私の考えを述べる。

ペカシュの意見

たしょま
たしょま

まずは、ペカシュが人道主義的思想とフス派は連続してつながっていないと述べた部分を引用する。

A ten, kdo by si spiritualisoval tuto církev bratrskou tak, aby

řekl: mám na mysli pouze humanitní snαhu Bratří, jejich vynikající

porozumění humanitnímu ideálu Kristovu, důslednou praxi jejich,

nikoliv theologický podklad jejich, nikoliv orthodoxii jejich, ten by

neměl práva dovolávati se Jednoty, poněvadž by, dovolávaje se, igno-

rovati musil vlastní, pravou podstatu jejich myšlénky. Ale humanitní

ideál v 18. věku, jak doznává Masaryk sám v Otázce sociální, je

„ideálem čistě racionalistickým.“ Kdyby s humanitou Herderovou,

prostou základu positivného křesťanství, přišel Masaryk k Husovi nebo

br. Řehořovi, řekli by mu, co řekl car Ivan Hrozný bratru Rokytovi:
„Ty nejsi pouze kacíř — ale i sluha antikristův a rádce ďábelský!“

Užívám tu srovnání, jež uvedl Masaryk sám v jiné souvislosti.

そして、この兄弟会の教会を霊的に解釈しようとして、こう言う人がいるかもしれない──「私は兄弟たちの人道的な努力、彼らの卓越したキリストの人道的理想への理解、彼らの一貫した実践だけを念頭に置いているのであって、その神学的基盤や正統信仰(オルソドキシー)には関心がないのだ」と。
しかしそのような者は、兄弟会(ユニティ)を引き合いに出す権利はない。なぜなら、そうして引き合いに出すとき、彼らの思想の本当の核心を無視しなければならないからである。
ところで、18世紀の人道主義的理想は――マサリク自身も『社会問題』の中で認めているように――「純粋に合理主義的な理想」である。
もしマサリクが、ポジティブなキリスト教的基盤を欠いたヘルダー流の人道主義を持ってヤン・フスや兄弟レホルのもとへ行ったなら、彼らはこう言っただろう。すなわち、ツァーリのイワン雷帝(イワン4世)が兄弟ロキタに言った言葉のように:

「お前はただの異端者ではない — 反キリストの手先であり、悪魔の助言者だ!」

ここで私は、マサリク自身が別の文脈で用いた比較を借りている。

Josef Pekař『Masarykova česká filosofie Studijní a vědecká knihovna v Hradci Králové』、1912、pp. 5 – 6。https://ceskadigitalniknihovna.cz/view/uuid:54efbf50-cd7b-457d-9dac-c89936223ae3?page=uuid:d6ab15e7-2dbf-11e8-b30b-00155d012102&source=svkhk 2025年11月27日閲覧

たしょま
たしょま

これをわかりやすく言うと(※私の解釈が含まれる)、

どっかの誰かA
どっかの誰かA

チェコ兄弟団の神学的基盤なんてどうでもいい!!!

どっかの誰かA
どっかの誰かA

私は彼らのキリスト教の人道的な理解や実践、努力に興味を持っている!!!

ペカシュ
ペカシュ

いやいや、どっかのだれかAさん。

ペカシュ
ペカシュ

兄弟団はキリスト教の神学的基盤を前提に言っているんだよ!!!!フス達が聞いたらキレられるよ〜

ペカシュ
ペカシュ

あと、18世紀の人道主義的思想って「純粋に合理主義的な理想」だよ〜 これはマサリクも述べているよ〜

たしょま
たしょま

つまりペカシュが言いたいのは。。。

たしょま
たしょま

人道的思想とキリスト教を基盤としている兄弟団の考えは違うってことだね!!!

マサリクの考え

たしょま
たしょま

マサリクは下記の箇所で、マサリクたちの時代の民族復興運動は、フスの時代の改革と連続していると述べている。

Nejen osoby buditelů, jejich stav a vyznání zjevují je historicky jako pokračovatele reformátorů, ale i jejich

učení víže je a nás k těmto našim předkům: ideálhu-

manitní, základní a stěžejná idea, vedoucí všecko úsilí

buditelské a obrodní, je idea naší reformace: humanit

a je jen jiné stovo pro Bratrství a na této my-

šlcnce zejména Palacký budoval náš program ná-

rodní.

啓蒙者たちの人物、身分、そして信仰だけでなく、彼らの教えそのものが、彼らを、そして私たちを、宗教改革者たちという先祖に結びつけている。 人道主義という理想、つまり啓蒙と復興のすべての努力を導く基本的で中心的な理念は、私たちの宗教改革の理念そのものである。 「人道(ヒューマニタ)」という言葉は、単に「兄弟愛」という言葉を言いかえたものにすぎない。 そして、この考えのうえにこそ、パラツキーは私たちの民族的な計画を築き上げたのである。

※Masaryk, Garrigue『Jan Hus Naše obrození a naše reformace』Národní knihovna České republiky、1899、pp. 6 – 7。https://ceskadigitalniknihovna.cz/view/uuid:f34f8b00-5ffb-11de-9637-000d606f5dc6?page=uuid:24bb8ac0-9c40-11e7-8394-5ef3fc9ae867&source=nkp 2025年11月27日 閲覧

たしょま
たしょま

これをわかりやすく言うと(※私の解釈が含まれる)、

マサリク
マサリク

啓蒙者達の人物、身分、信仰、教えそのものが宗教改革者たちに結びついている!!!

マサリク
マサリク

人道主義の理想って、私たちの宗教改革の理念そのもの!!!

マサリク
マサリク

基本的に、宗教改革の理念は啓蒙や復興のすべての努力を結びつけている!!!!

マサリク
マサリク

この考えをもとに、パラツキーは民族的な計画を築き上げた!!!

石川達夫の考え

この件について、石川達夫は次のことを述べている。

しかし、チェコから起こった宗教戦争(三〇年戦争)の際にプロテスタント派のチェコ人が敗れて、その結果、チェコはカトリック派のハプスブルク家によって独立を奪われ、暴力的に反宗教改革とドイツ化を強要され、多くのチェコ人は亡命を余儀なくされて、チェコ民族は滅亡の危機に瀕した。チェコ語は文章語としては滅びて、もっぱら農民と下層町民の話し言葉に過ぎなくなった(彼らの大部分は文盲だった)。そして、民族的規模で推進されたチェコの宗教改革は恥ずべき過ちとして否定され、その記念物と記憶は極力抹消された。これについて、チェコの歴史家パラツキーは次のように述べている。「チェコ人は三〇年戦争の時に[・・・・]征服され痛めつけられて、前代未聞の大惨事と苦悩の中で民族の四分の三が消え失せた。そして、残った四分の一は、自分たちの先祖の努力を受け入れなかったのみならず、それを否定し呪った。それ以来、一五、一六世紀の(チェコの宗教改革の)歴史はすべて、後悔し恥じるのがふさわしい迷いであったという見方が支配した。全般的で仮借のない反動が、その時代の生活のあらゆる記念を襲った。その時代から残った著作は危険な毒とされ、そしてそれ故、一世紀以上にわたって探し出されて処分された」。チェコ民族には、消滅したエルベ川沿岸スラヴ人と同じ運命が待っていると考えられるようになりエルベ川沿岸スラヴ人の運命は、チェコ人にとって長い間、自分もそのあとを追うことを恐れる、自殺した兄弟の記憶のような強迫観念となった。

※石川達夫『マサリクとチェコの精神−−アイデンティティと自律性を求めて』成文社、1995年、p. 14。

先にも述べたように、マサリクにとって問題だったのは、抑圧されて自由な発展を阻まれたチェコ人が世界からの精神的孤立を抜け出して普遍的な価値に繋がり、しかも同時に自分たちの具体的な過去の歴史に根を下ろして歴史的存在として自らのアイデンティティを確立しつつ、生き生きと自律的に生きていけるようになること、そのためにチェコの「歴史の統一的な意味の解明によって」「自己理解を手に入れ」、「内的な支えを獲得」し(フッサール)、チェコ史から「積極的に依拠すべき精神的伝統」を「選択」した。未来に向けた理念を構築することだった。

※石川達夫『マサリクとチェコの精神−−アイデンティティと自律性を求めて』成文社、1995年、p. 21。

マサリクは、チェコ史研究からチェコ人の再生とアイデンティティ確立のための理念を抽き出し、その理念の実現のために大いなる熱意と勇気と行動力を発揮した。そして、彼はフスと同じように生ける模範として人々に作用し、チェコ社会を現実に変革していくことに貢献した。

※石川達夫『マサリクとチェコの精神−−アイデンティティと自律性を求めて』成文社、1995年、p. 21。

たしょま
たしょま

これをわかりやすく言うと(※私の解釈が含まれる)、

石川達夫
石川達夫

チェコは宗教戦争によってハプスブルク家に敗北し、独立を奪われた。

石川達夫
石川達夫

ハプスブルク家側によってチェコの精神的記念物や記憶を破壊されまくった。

石川達夫
石川達夫

チェコ人自身も自分の民族の行動を否定しまくっていた。

石川達夫
石川達夫

兄弟の他のスラヴ人のように、チェコ民族も滅ぶんじゃないかという不安がチェコ人にはあった!!

石川達夫
石川達夫

チェコ人が自律的に生きていけるように、アイデンティティを確立した。

石川達夫
石川達夫

そのために、チェコ史から理念を抽出した!!!

たしょま
たしょま

チェコ人は宗教戦争によって、他人からの圧力と自主的な自己否定によって、自分の民族が滅亡する危機に陥っていた。

たしょま
たしょま

そのような状況をどうにかしたくて、チェコ史のなかからアイデンティティ確立に必要なものを抽出したってこと?

私の考え

たしょま
たしょま

マサリクは人道主義的思想とフス派は連続してつながっていると述べている。

たしょま
たしょま

しかしどちらが正しいか判別するには調査が必要。

たしょま
たしょま

現時点では調査中のため、なんとも言えない。

たしょま
たしょま

もしペカシュの考えが正しかったら、マサリクはどういう意図でやったのかを調査が必要。

たしょま
たしょま

石川がいうように、マサリクはアイデンティティ確立のために、過去の歴史から理念を抽出したのが事実であるならば、それ自体は良い考えだと思う。

たしょま
たしょま

しかし、マサリクは歴史観という視点でチェコ人のアイデンティティを確立させようとしたのは問題。

たしょま
たしょま

歴史というものはできる限り、当時の状況はどうだったかを考え続けるところがあるじゃん!!!

たしょま
たしょま

ということは、マサリクがフスの考えは人道主義的思想と継続しているという説を唱えたら、「違うよ」というコメントは誰かからされるよね〜

たしょま
たしょま

様々なものを消え去りつつあったチェコを「どのような国にしましょうか?」という視点で、アイデンティティを確立すべきであった。

2025年11月27日 一部分修正

2025年11月28日 サムネ追加

コメント

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